サンドウィッチ・ライター葉桜のブログ

サンドウィッチ好きが高じて、サンドウィッチライターになったサンドウィッチ狂い葉桜陽が、サンドウィッチ好きにおくる、サンドウィッチ好きによるサンドウィッチ好きのためのサンドウィッチブログ。

第4代サンドウィッチ伯爵が食べたサンドウィッチの本気再現を試みる

 伯爵サンドを再現したい!

「第4代サンドウィッチ伯爵が食べていたサンドウィッチを食べてみたい」

 

 そう思ってしまったのだから作るしかあるまい。やるなら本気だ。使用食材の詳細から調理法まで、時間とお金の許す限り調べてみよう。ということで今回は、第4代サンドウィッチ伯爵の食べていたサンドウィッチ…略して、「伯爵サンド」の完全再現を試みる。

 

 

 

サンドウィッチ命名伝説の真偽

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 伯爵サンドを再現するまえに、第4代サンドウィッチ伯爵ジョン・モンタギュー氏と彼のサンドウィッチ命名伝説について知っておこう。いまでは、すっかり世界中に浸透しているサンドウィッチという名前だが、その由来をご存知だろうか。パンと具材を一緒に食べるという食文化自体は、大昔から存在しているが、サンドウィッチという料理名が誕生したのは1762年とされている。サンドウィッチの命名について、巷で広まっている通説はこうだ。

 

 むかし、イギリスにサンドウィッチ伯爵という貴族がいた。彼は三度の飯より賭け事が好きという大のギャンブル狂い。ろくな食事も摂らずトランプゲームに没頭する伯爵を見かねたコックは、ギャンブルを楽しみながら、席を外す必要も、フォークやナイフを持つ必要もなく、指を汚すこともなく食事を済ませる方法を考え付いた。それが薄くスライスした2枚のパンに冷めた牛肉を挟んだ料理。その料理は、やがて伯爵の名にちなんで、「サンドウィッチ」と呼ばれるようになった。

 

 2枚のパンで具を挟むのは伯爵のアイデアであり、コックは命じられただけという説もあるが、まあ、粗方こういう内容である。

 

 この説の発端は、ピエール・ジャン・グロスレという人物の書いた『ロンドン旅行記 Tony of London』(初版は『ロンドン London』という表題で1770年に出版されている)にある。内容は1765年のロンドン滞在記だ。

 

国務大臣は公共の賭場台で24時間過ごし、賭博に没頭するあまり、その間ずっと、2枚のトーストしたパンの間にはさんだ牛肉をゲームの手を止めずに食す以外はまったく食事をとらなかった。この新しい料理はわたしのロンドン滞在中に大流行し、発明者である大臣の名で呼ばれるようになった。

ーー『ロンドン旅行記 Tony of London』ピエール・ジャン・グロスレ著

 

 ところが、この説には怪しい点がいくつかある。

 

 まず、第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏は、海軍大臣を2度、郵政大臣を1度、閣内相を2度務めあげた男。海軍大臣時代には、イギリスの海軍運営を徹底的に改革したほどの多忙な有能者であったと伝わっている。いくらなんでも、24時間賭場台でサンドウィッチ片手にギャンブルを楽しむほど暇ではなかっただろう。思うに事実は、仕事に忙しく食事の時間を満足に避けなかったので、具材をパンではさみ、ペンを休ませることなく、指を汚すことなく済む食事を摂る方法として思いついたものだったのではないだろうか。

 

 また、伯爵の名に因んで命名された、というのもちょっと不自然だ。サンドウィッチ伯爵の名がついたことは間違いないけれど、実際には、だれも命名などしていないのではないかと思う。この考えは、ビー・ウィルソン氏が『サンドイッチの歴史 SANDWICH: A GLOBAL HISTORY』という著書のなかでも同じことをより鮮明な当時の情景とともに主張している。その言葉をお借りしよう。

 

サンドウィッチの命名のいきさつからは――そんな大事件でなくても――人々がもっと日常的なことで彼の真似をしたのがわかる。サンドイッチの友人たちは、彼が2枚のパンにはさんだ冷肉を注文するのを見たり聞いたりして、「サンドイッチと同じものを」といったようなせりふで自分も頼んだにちがいない。数か月か数年のうちに「サンドイッチと同じもの」が略されて「サンドイッチ」になったのだ。

――『サンドイッチの歴史 SANDWICH: A GLOBAL HISTORY』ビー・ウィルソン著

 

 

 ごく自然かつ、実に現実的な流行の形式である。私はこの説が好きだ。

 

ちょっと余談を。【サンドイッチと名の付くもの】

 余談になるが、具材をパンで挟むサンドウィッチ以外に、サンドウィッチと名の付くものがいくつかある。少し紹介しよう。現在はアメリカ合衆国領であるハワイ諸島に、ヨーロッパ人がはじめて上陸したのは1778年。かのジェームズ・クック率いる探検隊だ。何を隠そうクックは、第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏の部下なのである。そのため、現ハワイ諸島は当時、ジョン・モンタギュー氏が海軍本部管理委員会会長であった彼の名に因んで「サンドイッチ諸島」と名付けられたそうだ。

1775年には、同じくジェームズ・クックの探検隊により発見されたイギリス領内の諸島の南の8島は、彼の名をとり「サウスジョージア・サウスサンドイッチ諸島」と命名。因みに諸島北側は1675年にアンソニー・デ・ラ・ロッシュによって発見された。島名の「サウスジョージア」は、ジョージ3世に因んだもの。

イギリス南東部ケントにある、歴史的な街。その名が「サンドイッチ」である。行政教区であり人口は6,800人。サンドウィッチ伯爵の所領であり、サンドウィッチ伯爵の名前の由来となった街なのだ。

 

どんなパンを使っていたか

 

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子孫の店「アール・オブ・サンドイッチ」

 世界で最初にサンドウィッチと呼ばれたものを再現しようとしたとき、はじめに行き当たる店がある。その名をアール・オブ・サンドイッチ。なんと、第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏の子孫にあたる、オーランド・モンタギュー氏と、実業家のロバート・アール氏によって2003年に創業されたサンドウィッチ・レストランである。

 

 店名のアール・オブ・サンドイッチは、創業者のひとりであるロバート・アール氏の名からとったというのも事実だろうが、もう一つ意味が込められている。「アール」には「伯爵」という意味もあるそうだ。つまり、「アール・オブ・サンドイッチ」とは、「伯爵のサンドイッチ」という意味でも受け取ることができる。オーランド・モンタギュー氏は、絶好の名とビジネスの手腕をもつ彼を口説き落とすのに3年間を費やしたとのちに語っている。

 

 その名の通り、同社のキャッチフレーズは「1762年に生まれた元祖サンドイッチ」であり、やはり、「The Original 1762」というメニューが存在する。なんだ、わざわざ自分で再現しなくてもこの店にいけば食べられるではないか…。

 

 と、思ったのだが、喜ばしいことに? この「The Original 1762」は、伯爵の食べたであろうサンドウィッチとは似ても似つかぬまったくの別物であった。ジョン・モンタギュー氏が食べていたとされるサンドウィッチの具材は牛の冷肉である。他の多くの詳細は不明だけれど、たったひとつ確実といえる情報が冷えた牛肉を使っているということ。これだけはどんな文献をあたっても明確に記されていた。

 

 しかし、アール・オブ・サンドイッチで提供されているサンドイッチは、「The Original 1762」を含め、すべてが注文を受けてから作り始める熱々。それに、パンはライ麦でもなくイギリスパン(ティン・ブレッド)でもなく、アメリカのホットドッグ・バンズときた。発祥はイギリスのロンドンだというのに。熱いチェダーチーズとホースラディッシュソースと薄いローストビーフが、これまた熱いホットドッグ・バンズにはさまれた、要するにアメリカ人の嗜好にあわせて作りかえられた、ロマンのかけらもない代物なのである。確かに、本物を完全再現するより手を入れた熱々のほうが美味しいのだろうが、伯爵サンドを再現しようという試みにとってアール・オブ・サンドイッチから収穫はなかった。

 

ウディ・アレン氏の妄想と1枚の写真

 つぎに、手がかりを求めたのは文献。第4代サンドウィッチ伯爵としの周囲の人間が食べていたサンドウィッチについての、記述を求めてあらゆる分野の文献を読み漁ること数日。直接、1762年に第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏が食べていたサンドウィッチについて触れている文献は以下のふたつのみであった。

 

2枚のライ麦パンにハムとマスタードをはさむことを思いつき

――『これでおあいこ』ウディ・アレン

 

 これほど具体的にあのサンドウィッチについての詳細を書いている資料は他にないが、惜しくもこれはあくまでも、ウディ・アレン氏の妄想にすぎない。物語の内容もジョン・モンタギュー氏が少年のころに試行錯誤し、サンドウィッチを開発したというものであり、事実とはまったく異なる。従って、伯爵パンに使われていたパンを突き止めるのには、この情報も参考にはならない…。

 

2枚のパンではさんだ牛肉。第4代サンドウィッチ伯爵が食べた元祖サンドイッチ。

――『サンドイッチの歴史 SANDWICH:A GROBAL HISTORY』ビー・ウィルソン著

 

 

 という説明書きを添えて、ジョン・モンタギュー氏が食べたであろうサンドウィッチを再現した写真が『サンドイッチの歴史 SANDWICH:A GROBAL HISTORY』(ビー・ウィルソン著)に載っている。この写真のサンドウィッチに使われているパンは、どうやら、ライ麦か、或いは、全粒粉やグラハム粉を使用しているように見える。が、グラハム粉はシルベスター・グラハム氏が1892年に開発したものだからあり得ないとして、全粒粉パンかライ麦パンであるという説を、ひとまず有力と認めよう。

 

 直接的に伯爵サンドのパンについて説明している文献は、以上の二冊しか見つからなかった。それを見る限りは、ライ麦粉か全粒粉を使用しているとするのが自然であるが、少し疑問が残る。18世紀イギリスのジェントルマンが、わざわざ庶民のパンである雑穀パンを食べたとはちょっと考えづらいのだ。当時のロンドンではすでに白パンが食べられており、雑穀パンは庶民の食卓には上がれども、貴族であるサンドウィッチ伯爵のコックが雑穀パンでサンドウィッチをつくる理由がない。

 

そのパンにも、白パンと、製粉技術上、真っ白ではなかった小麦パン、ライ麦など雑穀のパン(黒パン)があったが…

――『世界の食文化 17 イギリス』川北捻著

 

 

一八世紀前半、イギリスに穀物の余剰が生じ、このあいだに、白パンがかなり普及した。

――『世界の食文化 17 イギリス』川北捻著

 

 

 とある。18世紀のイギリスにはすでに白パンが存在していたことがわかる。製粉技術については、フランスで16~17世紀ごろ段階式製粉方法が発明されており、ドーバー海峡を挟んですぐ隣のイギリスにその技術がもたらされるのも時間はかからなかったはずだ。その証拠に、『イギリスと日本』(アレン・マクファーレン著)にはこう書かれている。

 

イングランドの農夫は、大麦とライ麦でできたブラウン・パンを食べている。この種のパンは腹もちが良く、働いてもすぐには消化されないので白パンよりも好まれる。市民やジェントルマンに関して言えば、イングランドではあらゆる種類の穀物がふんだんにとれるので、真白いパンを食べている。

――『イギリスと日本』アレン・マクファーレン著

 

 

十五世紀になると、彼らの後継者たちは十分な量の白パンと、一日につき約四.五リットル近いエール、そして(断食日を除いては)新鮮で大きな肉の切れが支給された。

――『イギリスと日本』アレン・マクファーレン著

 

 

 

イングランドの食生活は一七六〇年には高い水準にあったが、一八三〇年代当時には「奴隷のように、みすぼらしく、空腹の状態」に悪化するに至った。

――『イギリスと日本』アレン・マクファーレン著

 

 

 これらの記述を見るに、農夫や庶民はともかくとしても、第4代サンドウィッチ伯爵がサンドウィッチを食べていたとされる1762年ごろのイギリス、それもロンドンでは、パンといえば白パンのことを指していたに違いない。よって、第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギューが食したサンドウィッチは、白パン、つまりイギリスパンを使用していたと決着する。

 

 パンは、『ロンドン旅行記 Tony of London』によれば「トーストした2枚のパン」を使っているらしい。ほかにトーストしていたという情報は見つからなかったものの、トーストしていないという情報もないのでトーストすることにしよう。

 

 また、バターの有無についての情報はないけれど、1762年以前から、トーストといえば、焼いたパンにバターを塗ったもののことを指したそうだから、バターを塗らないのは不自然である。そういう理由でバターも塗ることにした。

 

どんな具材を挟んでいたか

 

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質素好きなジェントルマン

 つぎに、具材について考えよう。冷えた牛肉を挟むということは、多くの文献が書いているので確実だろう。それもモモ肉のローストビーフだったのではないかと推測する。1762年当時の肉に関する知識がどれほどのものか正確にはわからないが、モモ肉は冷めても美味しいと言われているから、当時のイギリスの食肉文化のレベルの高さを考慮すると、やはり牛モモ肉を使用した可能性が高いと結論づいた。

 

 問題は、冷えローストビーフ以外に食材を使っているか否かである。私の調べた限りでは、ジョン・モンタギュー氏が食べたサンドウィッチに牛肉以外のものを挟んだという記述はいよいよ見つからなかった。ウディ・アレン氏の『これでおあいこ』には、ハムとマスタードをはさんだとあるが、これはフィクションであるため参考にはしないこととする。果たして、本当にパンに牛肉を挟んだだけの食べ物だったのだろうか。

 

 イギリス人は大変な肉食人種であり、18世紀ごろの肉の消費量は他のヨーロッパやアジアの国々と比べても群を抜いていた。同時に、イギリスの食事は不味いというイメージも18世紀にはすでに定着しつつあった。その原因のひとつが、ジェントルマンの食事は質素であるべきという風潮だ。料理技術の発達を遅らせ、伝統的なイギリス料理すらこの風潮のために失ったのである。その結果、イギリスの食事は不味くなった。質素で飾り気がなく野菜もほどんど摂らないというイギリス独特の食文化がジェントルマンたちによって築かれたのだ。

 

 第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏もまた生粋のジェントルマンであり、食にはあまり関心を向けなかったという。そのために、ナイフとフォークすら使わないサンドウィッチという料理が生まれたとも考えられる。とにかく、具材がローストビーフのみ、という簡素の極みのようなサンドウィッチを食べていたとして不自然なことではない。

 

 不自然でないとは言っても、伯爵サンドに、ローストビーフ以外の具材が入っていた可能性は充分にある。当時のイギリスには食材は豊富にあったし、いくら質素な食事を心がけるにしても、時にはレタスやクレソンや西洋わさびが入っていたかもしれない。そもそも当時のイギリス人は、ほとんど野菜を食べなかった。農園は充分にあったし、気候も申し分ないから、決して野菜が摂れないわけではないのだが、彼らは肉ばかりを食べた。イギリスの主食はパンであると私たちは勝手に想像しているけれど、実際にはパンはそれほど食べられてはいなかったという。彼らには主食と呼べるものがなかったのだ。正確には、主食という概念が存在しないというべきか。18世紀ごろのイギリス人の食生活について、こんな記述を見つけた。

 

 イギリスで平均的な生活をしている人びとは、一年間に、一人当たり、つぎのような食物を消費する。すなわち、二クォーターの小麦(一クォーターは、ハンドレッドウェイトの四分の一で、八ブッシェル。二二五キログラム)、四クォーターの大麦、五クォーターの豆類、牛一頭分、羊六頭、仔牛二頭、豚一頭、バター、チーズ、あるいはミルクを一〇〇ボンド(一ポンドは、およそ四五〇グラム)。ほかに、家禽、魚、果物、野菜などが、そうだ。

――『ロビンソン・クルーソーダニエル・デフォー

 

 2009年の日本人一人当たりの小麦消費量は31.8キログラム(農林水産省調べ)。現代日本人の約7倍の消費量である。もちろん、日本人の主食は米だからヨーロッパ圏の国に比べて少ないのは当然のことだ。問題は、肉の消費量が多すぎることである。

 

一世代後のラ・ロシュフーコーは、「肉の消費量は何といってもイングランドが群を抜いている。イングランドでは一国を挙げて肉を食べており、概して肉食であると言える」と述べている。

 中世イングランドで食物が多様で質も良かったという当時の観察は、歴史的調査によっても裏づけられている。たとえば、クリストファー・ダイヤ―が近年行った、十三世紀から十五世紀の食生活に関する詳しい分析がある。そこでは、冬季に新鮮な肉は出回っていなかったというこれまでの定説をくつがえす結果が示されている。実際のところ、肉の消費量は非常に多かったのである。たとえば、刈り取り人夫[収穫時の労働者]らの食生活を見てみると、一四〇〇年までに一日につき一人当たりの肉の支給は、くず肉や臓物の部分を除いても四五〇グラム近くあった。

――『イギリスと日本』アラン・マクファーレン著

 

 

 16世紀ごろは特にイギリスの富裕層の食卓は豊かなものであったそうだ。しかしながら、ジェントルマンや中流階級のジェントリたちが質素であることを好む傾向がみられ始めると、恵まれた環境にありながら、あえて贅沢を禁ずるようになった。ただでさえ、そうなのだから、簡易食事であるサンドウィッチに対して、特別なこだわりは生まれなかったはず。

 

 やがて、アフタヌーンティーの軽食としての役割が確立されると、サンドウィッチは、耳を落としギリギリまで薄くスライし、あらゆる工夫を凝らした、所謂、ティー・サンドウィッチが生まれる。が、少なくとも、1762年にジョン・モンタギュー氏とその周りの人々が食べていたサンドウィッチの役割は、簡易食事に過ぎなかったのではなかろうか。

シャーロックホームズのサンドウィッチ

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 ジェントルマンが冷えた牛肉を薄いパンではさんだだけの簡素な食事を摂っていた可能性を後押しする情報があった。少し時代が進むが、アーサー・コナン・ドイル氏の著書『シャーロックホームズの冒険』という小説にこんな一節がある。

 

「ワトスン、君も一緒に行けるといいのだが、そうもいかないだろう。ぼくは事件の手がかりの跡をぴったりつけているのかもしれないし、追ってもつかまえられない鬼火をおいかけているだけかもしれない。どちらかは、もうすぐわかるだろう。二、三時間で戻ると思うよ」サイド・ボードの上においてあった骨付き肉からローストビーフを一片切り取ると、二枚の輪切りのパンの間にはさんでサンドウィッチをつくった。この粗末な食事をポケットに突っ込んで、彼は冒険に出かけた。

――『シャーロックホームズの冒険』アーサー・コナン・ドイル

 

 

 2枚のパンにローストビーフを挟んだだけのサンドウィッチを食べたのはジョン・モンタギュー氏だけではなかった。粗末な食事とわざわざ書いているところをみると、さすがにこれが19世紀末のロンドンのサンドウィッチ像からはだいぶ離れているのだろう。が、フィクションとはいえ、この簡素なサンドウィッチを食べる紳士が19世紀末にもいた。伯爵サンドと直接的なつながりはないが、伯爵と呼ばれるほどの偉い紳士がその粗末な食事を摂ることがイギリスでは大きな問題ではないということが伝わる場面である。

 

 ジェントルマンの質素を良しとする風潮や、イギリス人の肉とパン好きなこと、それから、何か別のものが入っていたという証拠のないことから、元祖サンドウィッチの具材はローストビーフだけだったということにする。

 

伯爵サンドの再現レシピ

 以上のことをまとめると、第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギュー氏が食べていたサンドウィッチは、薄くスライスした白いイギリスパンのトースト2枚にバターを塗り、モモ肉のローストビーフを薄くスライスしたものをはさんだものということになる。なにしろ、確かな情報のほとんどない250年以上前のことだから、いくらかの間違いはあるかもしれないが、調べ得る限りの情報から導き出された、伯爵サンドの再現レシピをご紹介しよう。

 

材料

 

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・イギリスパン  2枚

・無塩バター   適量

・ローストビーフ 5切れ

 

         〈ローストビーフの材料〉

    ・牛モモ肉     350g

    ・塩        3.5g

    ・ブラックペッパー 適量

    ・オリーブオイル  多め

 

 

 

 

 

手順

  1. 肉を焼く前夜か、少なくとも3時間前に肉を常温に戻しておく。
  2. 肉を焼く数時間前に、塩と黒胡椒を肉によくすりこむ。
  3. フライパンを熱し、多めオリーブオイルで肉の表面を、色が変わり、煙がたつ程度に焼く。
  4. 120℃に予熱したオーブンで片面17分(計34分)焼く。このとき、タコ糸で肉を巻いておくと形が崩れにくくなる。焼き加減は、人間の太ももと同じくらいの柔らかさがベスト。
  5. 焼きあがった肉を皿に移しオーブンの上で1時間ほど休ませ、粗熱が取れたらラップで包んで冷蔵庫で3時間以上寝かせる。
  6. 肉を薄くスライスし、バターを塗ったイギリスパン2枚ではさんで完成。

 

実食

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 素朴な飾り気のない味。パンとローストビーフの質にすべてがゆだねられる、まさに18世紀イギリスを象徴するようなサンドウィッチ。もっと美味しく楽しく見栄えよくいただく術はいくらでもあるけれど、元祖サンドウィッチというロマンを味わえるという意味では、ぜひ、いろいろな具材を挟みたい気持ちを抑えて試してほしい。

 

最後に

 サンドウィッチのルーツというと、ふたつのとらえ方がある。ひとつは今回取り扱ったような「サンドウィッチという名の食べ物の起源」。もうひとつは、「パンと具材を一緒に食べる文化の起源」である。前者は約250年前、イギリスの第4代サンドウィッチ伯爵であるジョン・モンタギューの名を取ったものだ。しかし、後者の起源をたどってゆくと、記録が残っており最も一般的な説では、1世紀にユダヤ教のラビ(指導者)であったヒレル・ザ・エルダーが過越祭の日の食事として取り入れたkorechが最古のサンドウィッチであるとしている。

 

 パンと具材を一緒に食べるという文化は、誰かひとりの発明によって生まれたのではなく、各地で自然に発生したと考えられている。使うパンや乗せたり挟んだりする具材は、地域や人によって様々だろう。しかし、だからこそ、サンドウィッチは無限の可能性とロマンを秘めており、いくつもの時代の大勢の人たちに愛され続けてきたのだ。

 

 そんな多くのドラマと歴史を持つサンドウィッチという食べ物。世界各地の名作サンドウィッチや、ピクニックで食べるサンドウィッチ。夜食のサンドウィッチ。朝食のサンドウィッチ。まだ人類が知らぬサンドウィッチまで、すべてのサンドウィッチの元祖である「伯爵サンド」を今回は再現してみた。第4代サンドウィッチ伯爵ジョン・モンタギュー氏やサンドウィッチの歴史について調べている人、ただロマンを追い求めている人、そしてすべてのサンドウィッチ好きのために、少しでもこの記事がお役にたてたなら幸いである。